New Center: 設置の趣旨・目的

応用力学研究所は「力学に関する学理とその応用の研究」という設立目的に沿って、広義の力学と応用力学に関する先端的課題について、国際的に高い水準の研究成果を生み出し続けてきた。その中において、新センターの前身となる東アジア海洋大気環境研究センター(以降、東アジアセンター)は、東アジア域における大気や海洋の観測と環境予測手法の確立を目指したプロジェクト研究において、常に中核的な役割を担ってきた。東アジアセンターが開発・構築してきた、複数の海洋レーダーを展開した対馬海峡海流監視システムや、縁辺海規模に特化した海洋再解析プロダクトDREAMS、およびPM2.5や黄砂といった大気微粒子(エアロゾル)の予測システムSPRINTARSなどは、領域規模における大気海洋科学に必須の学術基盤であると同時に、漁業・海運および市民生活に有益な環境情報を提供する社会基盤として認知されるに至っている。今後ともに学界および社会から東アジアセンターに寄せられる高い期待に応えるべく、私たちは、その学術的・社会的価値を継承するとともに、機能を強固に拡張する新センターを提案したい。

さて、東アジアセンターの設立趣旨は、主として東アジア域を対象に海洋・大気力学の学術的研究拠点として基礎研究を発展させるとともに、海洋・大気・生態系研究を先導するアジアの指導的研究拠点としての役割を担うことにあった。高度成長期に我が国が経験した公害問題を克服する過程において、我々は大気・海洋環境に関する数多くの科学的知見を蓄積してきた。これらの知見を急激な経済発展に伴う環境問題が顕在化した東アジア域の関連研究者と共有し、その克服に向けた国際ネットワークの中心を構築することは、当時の九州大学の「アジア重視戦略」にも合致し、かつ東アジア域にアクセスの良い九州大学が果たすべき貢献でもあった。これを受けた東アジアセンターの設置計画では、気候変動など全地球的な環境問題の、領域規模への波及に焦点を絞った研究の必要性が謳われた。東アジアセンターの前身となる力学シミュレーション研究センターが実施した短期事業「日本海の海象・気象変動の監視と予測」や、東アジアセンターと応用力学研究所地球環境部門が展開した大気海洋プロジェクト研究「地球温暖化と急激な経済発展が東アジア域の海洋・大気環境に及ぼす影響の解明」、さらには東アジアセンターの専任教員が代表を務めた各種プロジェクト研究の推進と成功は、学界や社会からの付託に東アジアセンターがよく応えてきた証左と言えよう。

東アジアセンター設立から10年を経て、東アジア域の経済活動は益々の規模の拡大を見せるとともに、環境負荷源としての負の側面もまた、看過できない規模にまで成長してしまった。ここに至って、東アジアの環境問題は、もはや東アジアを超えた広範な領域に影響を与えている。東日本大震災の直後に大気や海洋に放出された放射性核種や、あるいは海洋に流出した震災漂着物に関する深い憂慮は東アジアを超えて全世界から示された。平時においても、東アジアが放出する膨大な温室効果ガスは、すでに気候変動をもたらす主要因の一つと言ってよい。2015年に開催されたG7エルマウ・サミットの首脳宣言では、はじめて海洋プラスチック汚染についての言及がなされたが、そもそも東アジアは廃プラスチックの主たる海洋投棄源なのである。東アジアセンターで実施されている全地球規模の気候研究や海洋プラスチック汚染研究の成果に関して、最近になって新聞テレビ等による報道が相次いでいる。これらはすべて、東アジアの枠を超えた大気海洋環境研究に対する学界・社会からの高い期待の表れであろう。

2030年に予想される地域別二酸化炭素排出量
2030年に予想される地域別二酸化炭素排出量
廃プラスチックの海洋への国別流出量
廃プラスチックの海洋への国別流出量

九州大学が東アジアにある以上、ここを対象とした大気海洋環境研究が今後も継続されていくことは当然であり、それもまた学界や社会から寄せられる期待であることは十分に認識すべきである。その上で、上記情勢を鑑みれば、今後に我々が為すべき研究では、東アジアセンターで得られた成果を土台とした上で、東アジアを超えて広領域へ視線を向けるべきであろう。ここにおいて我々は、東アジアの大気海洋環境研究の推進に重ねて、東アジアが領域を超えて及ぼす環境影響評価を目指した 大気海洋環境研究センター (Center for Oceanic and Atmospheric Research) の設立を提案する。新センターでは、海洋力学や大気力学の基礎的研究を行うとともに、所属教員が取り組む海洋プラスチック汚染や、大気エアロゾルの気候影響評価や環境影響評価、さらには海洋同化プロダクトを活用した学際的研究等を継続・発展させていく。また、応用力学研究所の地球環境研究グループが進める大気海洋プロジェクト研究の中核として、大気海洋環境研究や大気海洋相互作用研究の拠点形成に主導的役割を果たしていく。

以上のような新センターの設置計画については、2016年5月の応用力学研究所運営協議会および同年6月の外部評価委員会において賛同を得た。特に外部評価委員会においては、世界の最先端を行く研究が数多く行われている等の極めて高い評価を得、将来さらにその方向での研究を展開することが期待された。

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