地球温暖化と急激な経済発展が東アジア域の海洋・大気環境に及ぼす影響の解明

課題.1-1海洋工学研究室

課題1 海洋・大気中の様々な物質の輸送・混合過程を解明するため、
また、地域の生態系など海洋環境特性の理解を目標とする。 東アジア縁辺海域での水と物質の輸送・混合に関わる、特に表層・亜表層の比較的短時間スケール(1-2年以内)の物理過程を対象とした研究。

バーチャルモアリング用ビークルの建造を前年度に引き続き行い、完成させる。
23年度中期に構成機器の実海域試験、23年度3月に最終動作試験を実施。

水中ビークルを使用したバーチャルモアリングの概要

ビークルは機体内部に海洋観測機器を搭載し,バーチャルモアリングを実施する海域の海面と海底とを往復する.この間に計測された各種観測データはビークル内のメモリーに保存されると同時に,ビークルが海面に浮上した際に基地局に送信される.海面浮上時にはGPSにより自機の現在位置を確認し,潮流等の影響によりバーチャルモアリングの対象海域から外れている場合には,潜航時にビークルの運動を制御して設定海域へと帰還する.ビークルは定期的に潜航・浮上を繰り返しながら観測海域の計測を続けるが,計測を行わない間は海底に機体を着底させてスリープ状態にし,潮流等により機体が流されることを防ぐとともにバッテリーの消耗を防止する.また,浮上時に基地局からの指令を受信させ,観測スケジュールを変更することも可能である.ビークルは長期間連続観測のためにエネルギー消費量を極力抑える必要があるため,運動制御は推進機ではなくグライディングを利用する.

ビークルの直径は1900mm,空中重量は約270kg,設計最大潜航深度は100mである.ビークルの潜航・浮上は機体内の4箇所に設置された浮力調整装置のピストンを伸縮させることにより浮力を調節して行う.浮力調整装置は浮力を変更しても浮心位置が変わらないように設計されている.ビークルのグライディング方向は機体内の4箇所に設置された重心移動装置内の重錘を移動し,ビークルの重心位置を変更して制御する.
観測データ・観測スケジュール変更指令の送受信は当初はオーブコムを使用していたが,安定した送受信が行えなかったため,試作機ということもあり携帯電話を使用したシステムに変更されている.なお,通信装置はビークル回収時・潜航時にビークル内に収容することで,流体抵抗を軽減するとともに接触による破損を防止している.

実海域試験

実海域試験は長崎大学水産学部附属練習船「長崎丸」(総トン数842トン)と共同で実施している.

試作機の実海域試験結果

図中,青色のバルーンがビークルの浮上位置を示しているが,実験結果は良好で,ビークル浮上位置がバーチャルモアリング目標位置周辺にまとまっている.実験時の潮流速度は北に約0.1~0.2ノット,南西の風3mであったので,外乱に抗してバーチャルモアリングが行えていることがわかる.

実用機の建造

2010年3月に実施された試験結果が良好であったため,2010年4月より実用機の建造が開始された.信頼性を向上し長期計測を可能にするためさまざまな機構上の改良が施されている.ただし,動作シーケンスそのものは試作機で開発されたものを踏襲している.

浮力調整装置
ビークルの浮力調整は,出港前に母船のクレーンを使用して海面にビークルを浮かべ,試行錯誤で搭載する浮力材の量を調節して行っていたが,小さな球形の浮力材を使用していたため表面積が非常に大きいこともあり,表面に付着したり隙間に残った空気の影響が非常に大きく,調整に困難をきわめた.また,空気が残ったまま潜航を開始すると,潜航深度の増大とともに残存空気が圧縮され浮力が減少するため,浮力調整装置による浮力調整しろが小さい試作機にとっては,再浮上できなくなる危険性があった.そこで,実用機では図に示すように浮力調整能力を約2倍に増大した.また,試作機ではリミットスイッチを使用した3段階の浮力調整しかできなかったが,実用機では任意の位置でピストンを停止できるように改良が施されている.
重心移動装置
浮力調整装置が大きくなったため,重心移動装置を小型化し,取り付け位置を内側に変更する必要が生じた.このため,実用機では図に示すように,試作機では鉄製であった移動重錘を鉛製に変更することで,重心移動能力を1.5倍に改善しながら小型化(全長の縮小)が図られている.また,試作機ではステンレス製であった耐圧容器をアクリル製に変更し,面板をチタン製とすることで軽量化が同時に行われている.
イリジウム通信装置
イリジウム通信装置を採用することで,陸地から離れた海域においても,観測データ・観測スケジュール変更指令が送受信できるようになった.一度に送れるデータの量は300バイト程度であるので,CTD・ADCP(超音波式流向流速計)観測データは深度10m毎に間引かれ,数回に分けて送られる.送信は通信レベルを監視し,レベルが3以上になった時に実施される.ただし,急激に通信レベルが低下してしまうこともあるので,データ送信に失敗した場合,あらかじめ決められた時間内で通信を繰り返すようになっている.
電子回路用耐圧容器・電子回路・バッテリー
試作機ではコスト削減のため,電子回路・バッテリー用の耐圧容器として海底地震計などによく利用されるガラス球を使用していた.ところが,電子回路を収めるには円筒状の耐圧容器に比べて有効容積が小さく,基盤やバッテリーの固定にも特別な工夫が必要であった.さらに,減圧により半球状の2つの容器を密着させる必要があり,観測母船上で整備が必要になった場合の取り扱いが厄介であった.また,実用機では長期観測用にバッテリーを増やす必要もあったため,耐圧容器をアクリルとチタンで作られた円柱状のもに変更した.
試作機では電子回路にユニバーサル基盤を使用し,完成までに回路構成がいくたびも変更されたことも相まって配線が複雑に入り組んでいたため,はんだ付け不良によるトラブルや輸送時の電子回路ダメージに起因する誤作動による機械部分の破損が少なからず発生した.そこで,実用機では回路構成が確定したこともあり,電子回路をプリント基板化し信頼性を向上させた.
試作機ではコストの削減・浸水や回路の短絡が起きてしまった場合の安全性を考慮してニッケル水素2次電池を使用していたが,実用機では3カ月程度の長期観測を目指さし,リチウムイオン2次電池を採用しバッテリー容量の増大が図られた.
ADCPの搭載
実用機ではビークルにADCPを搭載することになった.ビークルは海底に着底し電源を切って待機状態に入る直前にADCPに計測開始指令を出す.次に,定められた海底待機時間が経過してビークルの電源が入り休眠状態から目覚めた直後にビークルはADCPに計測中止指令を送り計測を中止させる.
浮力材
実用機では内部機器の形状や配置の変更はないので,板状の浮力材を積層し,適当な形状に加工してビークル内に配置した.特に上部カバー内の浮力材はADCP計測精度を確保するためにカバーの剛性を高める役割も持っている.
実用機
実用機の内部機器の搭載状態を図に示す.浮力調整装置,重心移動装置の配置が試作機と異なっていることがわかる.上部カバーを除く機体外殻は試作機のものを再利用しているので,機体形状・寸法に変化はなく,空中重量もほぼ同じである.実用機では通信用のアンテナを収納式にできなかったためケージの開口部上方バーをかさ上げし,ビークルとの接触を防止した.

実用機の実海域試験結果

ビークル浮上位置
2013年3月に長崎港沖で実施された試験結果を図に示す.図中,青色のバルーンがビークルの浮上位置を示しているが,実験結果は良好で,ビークル浮上位置がバーチャルモアリング目標位置周辺にまとまっている. 実験時の潮流速度は北西に0.11m/sec,北西の風1.25mであった.
CTD計測結果
CTD観測結果である.青色の実線がイリジウム通信で送られてきたビークル浮上時のビークルによる観測結果,赤色の実線がイリジウム通信で送られてきたビークル潜航時の観測結果,緑色の実線が長崎丸XBTによる観測結果である.ビークル潜航時と浮上時の観測結果はよく一致し,水温分布も長崎丸のXBTによる計測と非常によく一致していることがわかる.長崎丸常備のCTDが整備・調整中で使用できなかったため,塩分についての比較ができなかったのが残念である.
ADCP計測結果
青色の実線がイリジウム通信で送られてきた南北方向流速分布,赤色の実線がイリジウム通信で送られてきた東西方向流速分布,緑色の実線がイリジウム通信で送られてきたパーセントグッドを示している.流速は北への流れ,東への流れをプラスで表示している.パーセントグッドの値は計測の信頼性を表しており,海面付近で計測精度が劣化しているものの,十分な精度で計測が行われていたことがわかる.図には水深19mにおける流向流速をベクトル表示で長崎丸の気象ログと比較してみた結果も示されている.瞬時値に近い値の比較であることビークルに搭載したADCPは磁方位修正がなされていないことを考えると,流向流速ともによく一致していると思われる.

 2013年3月の実験において浮上位置を示すバルーンの数が少ないのはビークルが3回目の潜航中に動作を停止してしまったためである.超音波式位置検出装置によりビークル着底位置を特定し, 2013年4月に長崎丸装備のトロール網で回収したところ,浮力調整装置の一つに浸水が確認された. 動作停止とビークルが浮上できなかった原因は (1) 海水によるモーター電気回路の短絡により大電流が流れ,バッテリー電圧が低下し,シングルボードコンピューターが機能しなくなった. (2) 浸水量が緊急浮上装置の能力を超えてしまった.と考えられる.シリンダー内面とOリングが微小浮遊物や着底時に侵入した海泥・海砂により傷ついてしまったことが浸水の原因である.そこで,写真に示すように,浮力調整装置にブラダを取り付け,シリンダー内を外部海水から遮断する再改良を実施中である.

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