研究概要

研究背景・目的

大気中のPM2.5などの微粒子(エアロゾル)や、光化学オキシダントであるオゾンなどの微量気体は、大気汚染物質であると同時に気候変動を引き起こす物質であり、短寿命気候強制因子(Short-Lived Climate Forcers(SLCFs))と呼ばれます。人為的な気候変化を定量的に評価する上で最も基本となるのは、様々な要因による太陽光と赤外線のエネルギーの平衡状態を考えることであり、その不均衡を放射強制力といいますが、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)では、各々のSLCFsについて、放射強制力の定量的評価はなされてきました。しかし、気温や降水量などの具体的な気候変化については評価されていません。一方、SLCFsの複雑な気候影響過程を組み込んだ気候モデルが近年ようやく成熟期に入り始め、特に不確実性の高い雲・降水過程との相互作用の表現の精度向上が図られつつあります。

本研究課題では、研究チーム自らが開発を進めてきた気候モデルを用いて、SLCFsによる組成ごと・地域ごとの気候変化を定量的に評価します。また、近年顕在化している極端な気温や降水などの災害に対するSLCFsの影響の定量的理解を目指します。その際、気候モデルの主要な不確実要因であり、SLCFsと相互に影響を及ぼす雲・降水の素過程について、モデル内での表現方法の精緻化を図ることがポイントです。さらに、超高分解能エアロゾル気候モデルSCALE-SPRINTARSの開発に取り組んでいます。本研究課題は、以下の論文で公表したような本研究チームによる地球平均のSLCFsの気候影響評価を起点としています。

  • Takemura, T. and K. Suzuki, 2019: Weak global warming mitigation by reducing black carbon emissions. Scientific Reports, 9, 4419, doi:10.1038/s41598-019-41181-6.
  • Suzuki, K., and T. Takemura, 2019: Perturbations to global energy budget due to absorbing and scattering aerosols. Journal of Geophysical Research, 124, 2194-2209, doi:10.1029/2018JD029808.

研究方法

SLCFsの大気中での輸送過程および気候影響が計算できる以下の様々な時空間スケールの気候モデル・気象モデルを用います(下図)。

  • MIROC-SPRINTARS/CHASER:地球全体の気候状態を再現・予測するMIROCに、エアロゾルに関わる過程を計算するSPRINTARSと詳細な化学反応過程を計算するCHASERを結合させた水平分解能が数十kmの気候モデル。SLCFsの時空間分布や気候影響を計算。MIROC-SPRINTARSは、毎日一般向けに広く情報提供されているPM2.5予測でも利用されています。
  • NICAM-Chem:水平分解能3.5/7/14kmの高分解能で雲物理を陽に表現しながら地球全体の大気の状況を計算するNICAMに、SPRINTARS/CHASERを結合させてSLCFsの時空間分布と気候影響を計算する気候・気象モデル。
  • SCALE-SPRINTARS:個々の雲の過程を扱える水平分解能数十〜数百mの超高分解能気象モデルに、エアロゾルの時空間分布と気候影響を計算できるSPRINTARSを結合させたモデル。

これらの気候モデルを用いた数値計算において、各々のSLCFsに関係する排出量を変動させ、それに伴う気温や降水量などの気象場の変化量を解析します。その際、エアロゾル・雲相互作用の表現の改良や、雨滴・降雪を陽に計算する方法の導入などを通して、雲・降水過程の精緻化を図りつつ計算を実施します。

期待される成果と意義

本研究課題は、従来別々に行われてきた大気化学的な研究と、雲・降水に関する大気物理的な研究とを融合することで、SLCFsによる気候変動の定量的影響評価という未解決の問題に取り組む新しい研究分野を創出するものです。この目的のために、本研究チームのメンバー自らが開発してきた数値モデルをさらに開発・改良することで、その段階で得られたSLCFsの気候影響のメカニズムの理解を利用しながら研究を推進できることが強みです。国際的な主要環境問題である気候変動と大気汚染の同時緩和について、具体的な提言が可能となる研究成果を目指します。