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研究概要

数値気候モデルにおける雲・降水パラメタリゼーションの高度化

信頼性の高い気候予測を実現するためには、数値気候モデルが特に苦手としているエアロゾル・雲・降水過程の再現性向上が必要不可欠です。エアロゾルは雲・降水と複雑に相互作用するため数値モデルにおける最大の不確実要素として認識されており、その定量的な見積もりには未だに大きなモデル間のばらつきが存在します。

その原因の一つが、降水のモデリング手法が非常に簡素であることです。現状の多くの気候モデルは、計算コストの節約のため降水を診断的に取り扱うモデリング手法がほとんどですが(図1a)、この手法では降水粒子が地表面へと即座に落下することを意味するため、雲の“成長履歴”に応じた降水生成ができない問題点がありました。 より現実的な雲・降水・放射過程を再現するために、こうした従来の降水診断型スキームを見直し、降雨・降雪の時間発展を陽に表現する降水予報型スキーム“CHIMERRA(Cloud/Hydrometeors Interactive Module with Explicit Rain and Radiation; 図1b)”を開発しています(Michibata et al., 2019, 2020)。

こうした雲・降水モデリング手法の高度化を通して、地球規模の水循環やエネルギー収支をより高精度にシミュレート可能な、信頼性の高い気候変動予測を目指しています。

数値気候モデルに搭載されている(a)従来型の降水診断型スキームと(b)改良型の降水予報型スキームの構造の違いを表す模式図。
図1:数値気候モデルに搭載されている(a)従来型の降水診断型スキームと(b)改良型の降水予報型スキームの構造の違いを表す模式図。

人工衛星観測データを用いた降水素過程の理解

雲・降水の微細構造を理解するために、全球で観測を行っている人工衛星データの解析も重要な研究テーマの一つです。
例えば、2024年5月に打ち上げられたEarthCARE衛星には世界初となるドップラー雲レーダーが搭載され、雲・降水粒子の上昇・下降の様子も推定可能となりました。また、高精度の雲レーダーとライダーの観測情報を統合的に活用することで、雲・降水粒子のタイプも識別できるようになり、数値モデルの性能評価や物理過程の理解に役立てています(図2)。

Aqua/MODIS衛星によって観測されたカリフォルニア沖の航跡雲をGoogle Earth上に重ねて描画。
図2:EarthCARE衛星搭載CPR/ATLID/MSIによって観測された北極域の対流性雲(2025年7月1日の事例)。
(上)雲粒子のドップラー速度(赤で上昇流、青で下降流)および(下)粒子のタイプを鉛直断面図の色で、雲の光学的厚さを地表面の色で示す。273Kを下回る温度層でも雲頂付近に雲水・雲氷が共存する混合相が観測されたり、ドリズル(霧雨)も比較的高頻度で観測されたりする北極域の雲の特徴がこの図からも読み取れます。

衛星シミュレータを用いた数値モデルと衛星観測の比較

気候モデルの性能をより向上させるためには、こうした衛星観測データをうまく活用した比較・検証を行うことが重要です。観測データを有効に活用しエビデンスに裏付けされた気候モデル開発を加速させるため、数値モデルの性能を診断するツールの開発も推進しています。

エアロゾル・雲・降水を観測する衛星センサーには MODIS, ISCCP, MISR, CloudSat, CALIPSO, EarthCARE-CPR/ATLID など様々なものがありますが、センサーごとに検出感度やアルゴリズムがことなるため、数値モデルと衛星データを整合的に比較するためには技術的な問題点が多く存在していました。 これら複数の人工衛星観測を、コンピュータが再現する仮想地球上で再現するソフトウェアが衛星シミュレータです。衛星シミュレータは、数値モデルと衛星観測の整合的な比較のために開発された、いわば“雲の共通言語”を提供する必要不可欠なツールとしての役割を担っています。

当研究グループは衛星シミュレータの開発・運営委員として国際貢献しており、数値モデルと衛星観測データを組み合わせた解析(図3)を軸とした研究を特色としています。

Aqua/MODIS衛星によって観測されたカリフォルニア沖の航跡雲をGoogle Earth上に重ねて描画。
図3:Aqua/MODIS衛星によって観測されたカリフォルニア沖の航跡雲をGoogle Earth上に重ねて描画。

大気・海洋・雪氷相互作用の理解深化

気候が変化した際の雲・降水の応答は過程が非常に複雑であり、未だ知られていない気候フィードバックも存在すると考えられています。地球温暖化のメカニズムを包括的に理解するためには、大気と海洋の相互作用を適切に考慮することに加え、温暖化のシグナルが特に顕著である極域の気候変動メカニズムの理解も必須です(図4)。

不確実性を大きく改善した最新の気候モデルを用いることで、雲・降水過程の再現性に課題を抱えていた従来の簡素化された数値気候モデルでは着手できなかった、大気圏・海洋圏・雪氷圏・人間圏にまたがる多圏間の気候フィードバックを紐解く研究を推進しています。また、世界中で開発されている様々な気候モデルのシミュレーション結果も用いたマルチモデル解析を行うことで、予測の不確実性の要因をメカニズムレベルで解き明かす研究を行っています。
創発的研究支援事業にて実施中(2021年4月〜2028年3月)

全球エネルギー収支における雲の役割の概念図。雲の再現性が、放射・水循環・大気循環を介して気温や降水量に重要な役割を持つ。
図4:全球エネルギー収支における雲の役割の概念図。雲の再現性が、放射・水循環・大気循環を介して気温や降水量に重要な役割を持つ。

教育活動

研究室メンバー

スタッフ

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道端 拓朗(准教授)

エアロゾル・雲・降水過程の数値モデリングと衛星解析を軸とした気候研究に取り組んでいます。
また、数値モデルと衛星をつなぐソフトウェア“衛星観測シミュレータ”の開発にも従事しています。

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蔡 穎(Cai Ying)(学術研究員)

エアロゾルをトレーサーとして、気候変動の影響を評価する研究に取り組んでいます。
特に、地球温暖化の進行に伴う中緯度大気輸送場の変動要因とメカニズムの解明を進めています。


学生

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橋本 真一(修士2年)

研究テーマ:GPM衛星データを用いた数値気候モデルの降水過程の評価


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川端 碧衣(修士1年)

研究テーマ:シーダーフィーダー効果の気候学的影響の定量的評価


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中西 萌々花(修士1年)

研究テーマ:北極温暖化増幅と雲の相互作用メカニズムの解明


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松葉 穂(修士1年)

研究テーマ:積雲の微物理過程を陽に表現する物理スキームの開発


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田村 誠也(修士1年)

研究テーマ:海塩エアロゾルが雲の発達・降水強度に及ぼす影響の定量的評価


卒業生・修了生の学位論文

  • 川端 碧衣(第4期生, 2024.04〜在籍中)
    2024年度卒業論文:エアロゾル・雲相互作用を緩和させる降水粒子の影響とメカニズム
  • 松葉 穂(第4期生, 2024.04〜在籍中)
    2024年度卒業論文:雲量の再現性が温暖化予測精度に与える影響の定量的評価
  • 田村 誠也(第3期生, 2023.04〜在籍中)
    2023年度卒業論文:海塩エアロゾルが台風の発達・降水強度に及ぼす影響の解明
  • 橋本 真一(第3期生, 2023.04〜在籍中)
    2023年度卒業論文:降水素過程を診断可能なGPM衛星シミュレータの構築
  • 中西 萌々花(第3期生, 2023.04〜2024.03; 2025.04〜在籍中)
    2023年度卒業論文:CMIP6モデルを用いた北極温暖化に及ぼす雲・放射相互作用の定量的評価
  • 梅木 千愛(第2期生, 2022.04〜2023.03)
    2022年度卒業論文:地球温暖化は雷を増加させるのか
  • 出口 歩海(第2期生, 2022.04〜2025.03)
    2022年度卒業論文:雲・降水の全球3次元分布の⻑期解析
    2024年度修士論文:CloudSat/MODIS 衛星観測データを⽤いた雲・降⽔特性の雲種別評価
  • 吉村 航人(第2期生, 2022.04〜2025.03)
    2022年度卒業論文:雲の個性を表現可能な新しい降水生成スキームの開発
    2024年度修士論文:雲の環境場依存性を考慮に入れた降水生成スキームの開発
  • 井村 裕紀(第1期生, 2021.04〜2022.03)
    2021年度卒業論文:衛星シミュレータを⽤いた全球気候モデルMIROCの雲・降⽔過程の診断
  • 中尾 穂乃香(第1期生, 2021.04〜2023.03)
    2021年度卒業論文:全球気候モデルに適用する雹・霰予報型パラメタリゼーションの開発
  • 渡辺 悠斗(第1期生, 2021.04〜2022.09)
    2021年度卒業論文:降水の放射効果がエネルギー収支・水収支に及ぼす影響の評価

指導学生の表彰・顕著な業績

卒業生の就職先・進路

  • 気象庁(2名)
  • 株式会社コングレ
  • 宇宙技術開発株式会社
  • 野村総合研究所(NRI)
  • 東京大学大気海洋研究所に進学

研究室外における研究指導・教育普及活動

  • アメダスを用いた日本の温暖化トレンドの解析に関する研究助言, 福岡教育大学附属福岡中学校
    地球温暖化が最も進んでいる季節と時間, 日本気象学会2024年度ジュニアセッション, 2024年5月25日
  • 雲生成実験に関する助言, 福岡教育大学附属福岡中学校(2025年7月16日)
  • Pythonプログラミングを用いた地球温暖化現象の解析に関する研究指導, 九州大学QURIESプログラム(2025年8月4-8日)

よくあるご質問

  • 大学院ですが、オープンキャンパスはありますか?
    あります。例年、5月中旬ごろに開催されています(総理工HP参照)。当研究室を第一希望として出願される学生さんは、オープンキャンパスに直接お越しになるか、出願までに必ず教員と面談を行うようにしてください。Zoomでのオンライン面談も可能です。
    また、オープンキャンパスには学生さん以外でも、どなたでもお越しになれます。筑紫キャンパスの様々な研究室が多様な展示・実験を公開しておりますので、ぜひお気軽にお越しください。
  • 修士研究のテーマはどのように決まりますか?
    基本的には学生さんに何を研究したいか提案してもらいます。もしくは、興味のある気象・気候変動に関する現象をヒアリングして研究テーマを具体化していきます。教員側から、一方的にテーマを提案したり押し付けることはしていません。
  • 学部時代にプログラミングの経験がないのですが、進学後に修得できるでしょうか?
    できます。得意不得意の個人差はありますが、身につけたいという強い意志があれば、どなたでも研究で利用できるレベルのプログラミングスキルは習得できるよう指導しています。研究室では数値モデルや人工衛星データを取り扱うのでプログラミングのスキルは必須ですが、多くの学生さんが研究活動を通して必要となる技能を習得しています。
  • コアタイムはありますか?就職活動に時間を割くことはできますか?
    コアタイムは設けていません。各自の自主性に任せて過ごしてもらっています。そのため、休暇期間中のインターンシップへの参加や就職活動にも時間を割くことは特に問題なく可能と思います。ただし、道端は研究の進捗に関してほとんど口を挟むことがないので、自身で計画を立てて責任を持って取り組む姿勢が求められます。
  • 学会発表はできますか?
    できます。修士2年次の日本気象学会秋季大会(11月頃)に参加することを最低限の進捗目標としていますが、進捗の早い学生さんや意欲の高い学生さんは修士1年次からでも学会参加可能です。国内学会だけでなく、国際学会で発表することも推奨しています。
  • 論文発表はできますか?
    できます。相当な努力が必要ですが、指導学生が筆頭著者の査読論文がすでに複数の国際学術誌に掲載されるに至っています。